【読】渋沢敬三とアチック・ミューゼアム
... 『図説 大正昭和くらしの博物誌』 民俗学の父・渋沢敬三とアチック・ミューゼアム 近藤雅樹=編 河出書房新社(ふくろうの本) 2001.3.1 1800円(税別 ... 大正時代(1912~26)の中頃に渋沢敬三(1896~1963)が自宅の裏庭にあった物置小屋の屋根裏を ...

宮本常一と渋沢敬三
宮本常一(1907-81)は柳田国男と並び称される民俗学者です。渋沢敬三 (渋沢栄一の孫)のアチック・ミュージアム(屋根裏博物館)に入り、農山村 ... 渋沢敬三は「大事なことは主流にならぬことだ。傍流でよく状況を見ていくことだ。 ...

旅する巨人―宮本常一と渋沢敬三
... 一部学者は資料を持ち去って返さず悪評 パトロンだった渋沢敬三、その集めた民具は大阪の民俗学博物館にある。 ※今度また行こう。 戦前は学者らに陰に日向に援助。 戦後派は「ニコ没」。 ...

佐野眞一 『旅する巨人 宮元常一と渋沢敬三』
... 宮沢を追ううちに,彼を支援したパトロネージュ渋沢敬三にも出会い,二人の軌跡を追うこととなる。 宮本は周防大島出身の農家の出。大学には行っておらず,在野の民族研究家である。渋沢敬三というパトロネージュの金銭的,精神的支援のもと何十年にも渡り ...

[新]『澁澤敬三先生と私:アチック・ミューゼアムの日々』
... 神奈川大学日本常民文化研究所 の 出版物 の1冊として出された新刊.澁澤敬三に関わる昔の本をひもとくと,この著者の名前が出てくることがあっ ... 今回出た新刊は,第二次世界大戦の頃から戦後にかけて,澁澤敬三が運営した「アチック・ミューゼアム」で ...
![[新]『澁澤敬三先生と私:アチック・ミューゼアムの日々』](http://www.octoct25th.com/styles/images/more.jpg)
渋沢 敬三(しぶさわ けいぞう、1896年(明治29年)8月25日 - 1963年(昭和38年)10月25日)は、日本の男性実業家 財界人、民俗学 民俗学者、日本銀行第16代総裁、幣原内閣の大蔵大臣。渋沢栄一の孫。
渋沢篤二・敦子夫妻の長男として生まれた。敦子の父・橋本実梁伯爵は皇女和宮の縁戚という。もともと、動物学者を志し、仙台の旧制東北大学 第二高等学校農科に進学することを目指す。しかし、実父の篤二が廃嫡された事情もあり、祖父・栄一が羽織袴の正装を着て頭を床に擦り付けながら、第一銀行を継ぐように嘆願し、結局 英法科に進学する。東京帝国大学経済学部を卒業後、横浜正金銀行に入行し、ロンドン支店などに勤務した。 その間に木内重四郎・磯路夫妻の次女・登喜子と結婚している。登喜子の父・重四郎は京都府知事等を務めた官僚で、母・磯路は三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の次女。 従って敬三は岩崎弥太郎の孫娘と結婚したことになる。1926年に第一銀行へ移り、副頭取などを経て、1942年に日本銀行副総裁、1944年には第16代総裁となる。だが当時、軍部の圧力によるインフレーション政策の下で日銀は、敗戦まで赤字国債を無制限に引き受け、民間で調達できない軍需融資の資金も日銀の貸し出し増加という形で無制限に供給し、敬三はこれを止めることはできなかった。
渋沢敬三の詳細